日記・コラム・つぶやき

2015年1月17日 (土)

【阪神・淡路大震災から20年】あたたかさを寅さん、ありがとう

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 「苦労したんだなあ、ねえ。ほんとにみなさん、ごくろうさまでした」

 阪神・淡路大震災からきょう、20年になります。映画「男はつらいよ」シリーズ最終となった第48作「寅次郎 紅の花」の公開も1995年でした。神戸でロケが行われ、病床の身を押して寅さんを演じた渥美清さんは翌年、亡くなっています。

 長田区の菅原市場でのラストシーン。寅さんが新年の挨拶とともに被災した人たちに掛けた言葉が、この「苦労したんだなあ…」でした。そしてこれが渥美さん演じる寅さん最後のセリフになりました。

 神戸大在学中に亡くなった、広島市出身の加藤貴光くんの手紙「親愛なる母上様」を何度か紹介してきました。「生きていればつらいことの方が多いもの。でもね、それはいつかきっと糧になるからね」。母りつこさんの励ましを思い出します。

 「男はつらいよ」は、そんな人たちにあたたかく寄り添い、明日への生きる支えを与えてくれる母のような映画だったんだなあと気づきました。

 命の重み、忘れない。生きる喜び、忘れない。神戸ではきょう、たくさんの命が灯火となって帰ってきています。

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2015年1月 5日 (月)

【2015年】風の吹くまま 気の向くまま…

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今までどうしてたかって?
なあに 恋をしてたのよ

これからどうするかって?
そうさなあ 
風の吹くまま 気の向くまま
俺は旅人だからなあ


 ◆

寅さんのようにふらり湯らり。
お湯に街に自然に人に…。
たくさん「恋」をしましょう。

今年もみなさま、どうぞよろしくお願いします。

※背景は、男はつらいよ第30作「花も嵐も寅次郎」の舞台となった大分県湯平駅「寅さん思い出の待合所」です。

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2014年11月13日 (木)

【尊い贈り物】レナードが教えてくれたこと

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「仕事、喜び、友情、家族…。何よりも大切なもの。そう、純粋な気持ち。私たちはそれを忘れてしまっているのではないでしょうか」。

AWAKENINGS(「レナードの朝」、1990年ペニー・マーシャル監督作)。嗜眠性脳炎で30年、半昏睡状態だったレナード・ロウ(ロバート・デ・ニーロ)が投薬治療で一時的に目覚めます。8月に亡くなった、ロビン・ウィリアムズさん演じるセイヤー医師が「生きる喜び」を教えてくれたレナードを思い起こして語るラストシーンです。

「人生は喜びだ。尊い贈り物だ」。


レナードは両手を広げ、生きることの素晴らしさをこう訴えます。

災害や震災、そして戦禍…。命は与えられ、そして時に奪われます。小さな幸せがなぜ、尊いのか。命がなぜ、かけがえのない貴いものなのか。あらためて考えています。

たくさんのバースデーメッセージ、ありがとうございました。

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2014年5月 1日 (木)

【セナよ永遠に】貴公子のあたたかい眼差し

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  どんな時でも、ベストを尽くして生きなければいけない。

  その結果、うまくいく時もあれば、そうでない時もある。

  間違いを犯すこともあるだろう。

  でも、少なくとも、自分自身に対しては誠実に、

  そして、自らの描いた夢に向かって、精いっぱい生きていくことだ。

   ーアイルトン・セナ

 音速の貴公子の早世からきょう1日でもう20年。

 ぶつかり合うほど激しく、しかし、滑らかなほどの美しいラインを描くあの走り。そして、他を寄せ付けぬ、あまりにも気高い精神性。

 母国ブラジルの市民やホンダと培われた私たち日本人への、あのあたたかい眼差し。

 セナがF1を通して魅せてくれたもの。今また、噛み締めています。

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2014年3月11日 (火)

【3年目の3・11】「私」から「私たち」へ—デザイナー福島治さん

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「多くの人が津波にのまれて かわいそうです」

「生まれ育った地に戻りたい」
「きれいな海で、泳ぎたい」
「おれは高田のまちの 点になる」

「どんな涙も ボクがぬぐうよ」
「幸せの涙、流したいな」
「ありがとう」

東日本大震災から3年目のあの日を迎えました。被災地の子どもたちの想いをデザインした「やさしいハンカチ」の数々。このメッセージに込められた想いは、いつまでも変わることはありません。

「デザイナーという職業を選んでから、ずっと"わたし"の力を伸ばすことに必死になってきました。しかし、ソーシャルデザインに出会ってからは、"わたし"のできること限界を感じるようになりました。デザインの考え方を"わたし"から"わたしたち"に変えると世界の見方が変わりました」

広島市出身で、デザインの社会貢献を探り続けて活動している福島治さん。銀座で開かれている個展のあいさつ文です。2013年、広島ADC公開審査会で「地元」審査員を務めてくれました。

デザインの力で寄付を集めるソーシャルプロジェクト「GIFT HOPE」を中心に、2011年から始まった「JAGDA やさしいハンカチ展」「祈りのツリープロジェクト」のほか、25年間手がけてきた劇団山の手事情社のポスターが展示されています。広島メンバーのハンカチ作品も出ていました。

障害者アートの魅力を伝える活動「アートビリティー」にも力を入れる福島さん。「デザインによる支援活動は、グラフィックデザインの本質的な役割をもう一度考える機会となり、その中で、社会が必要とするデザインとは何かが、少しずつ理解できるようになってきた」と書き記しています。

世の中はすべてつながっています。「明日のデザインと福島治」展は東京銀座の「ギンザ・グラフィック・ギャラリー」で31日(月)まで。きょうこの日こそ、多くの人に訪れてほしい。そう願っています。

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2014年2月15日 (土)

【新聞点描】「価値のある負けを選ぶ」是枝監督

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僕が映画を撮ったりテレビに関わったりしているのは、多様な価値観を持った人たちが互いを尊重し合いながら共生していける、豊かで成熟した社会をつくりたいからです。

世の中には意味のない勝ちもあれば、価値のある負けもある。もちろん、価値のある勝ちが誰だっていい。でもこの二つしかないなら、僕は価値のある負けを選びます。

そういう人間もいることを示すのが、僕の役割です。

映画監督・テレビディレクターの是枝裕和さん。朝日オピニオンから=2月5日付。


 ◆


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「思いの違いはあって当然。わからへんことはわからへん、と言ってけんかをしないと、分かり合えないまま終わってしまう。喜怒哀楽をぶつけることで初めて理解しあえる」。

今朝の朝日be映画の旅人は、2005年公開の井筒和幸監督作のパッチギ=2月8日付。

「頭突き、と訳されるパッチギの語源には、突き破る、乗り越えるの意味がある。全編貫くのは、最初から河を渡ることをあきらめるな。思い切って渡れ、というメッセージだ」

奇しくも、フロントランナーはきのうCueでも紹介されていた映画プロデューサーの杉野希妃さん。韓国に留学し、奇才キム・ギドクと渡り合うパワーも「パッチギ」らしかったのかも。

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2014年2月 7日 (金)

【Cue500号】情熱も笑顔もあったかく

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「書く時間を楽しめていたなら、その時間こそが自分へのご褒美です」。

広島市在住の芥川賞作家・小山田浩子さんが、きょう発行の中国新聞週刊タブロイドCue巻頭インタビューでこう語ってくれています。

テーマはウーマンパワーの源。シンガー丸本莉子さんは「ファンの声援」と、宮島の岩惣おかみ岩村玉希さんは「もてなしの心」と明かします。映画界で注目の杉野さん、アンジュビオレの武田選手、イラストレーター池田奈都子さんも登場し、前向きに臨む姿勢を見せてくれています。


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Cueは創刊から10年を迎え、500号となりました。紙面は特別に情熱の「赤」に彩られ、500人の笑顔写真で作った大きなハートが中面を飾ります。

笑顔の素は「お母さんの声」。そんなアンケートの回答もありました。情熱も笑いも積極さも。あったかさがあればこそ、なのでしょう。


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2014年1月17日 (金)

【あの日から19年】助け合うあたたかさ、今こそ


 「まわりの人たちはみんな、どんどん成長されていって、もうご家庭もお持ちになって、子どもさんもいらっしゃって。そんな中で、あの子の写真は21歳のままなんです」。
 =阪神・淡路大震災から19年 「1・17」の灯籠で追悼   (http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye2104938.html)

 阪神・淡路大震災で亡くなった広島市出身の神戸大生(当時2年)加藤貴光くんの母りつこさんがけさ、インタビューでこう話していました。

 「私はあなたから多くの羽根をいただいてきました。人を愛すること、自分を戒めること、人に愛されること…。見守っていてください」。

 入学時に離れ離れになる母りつこさんへ貴光くんが送った手紙「親愛なる母上様」は、北広島町大朝に移り住んできてくれた放浪のアーティスト・マサくん(奥野勝利さん)によって歌(http://www.youtube.com/watch?v=nRIE9gZIbIw)になり、多くの人の心に寄り添っています。

 「生きていたら、辛いことの方が多いのかもしれない。層を積み重ね、精いっぱい生きて、命を輝かせましょう」。広島のおかーちゃんでもある、りつこさんのこの言葉にどれほど包んでもらってきたことでしょう。

 「この日は特別に悲しい日。命の尊さは、亡くなった人がいるからこそ分かる。震災直後は困っている人がいたら知らない人でも助け合う空気があった。そういうものが冷めている気がする。これからも語り継いでほしい」。

 マサくんの歌もそう。人のあたたかさは、19年たったこれからこそ、広がっていくと信じています。

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2013年3月11日 (月)

【3.11】黙祷。

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区切らなくたっていい。心はずっと一緒だから。命はずっと続いていくから。


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2012年3月11日 (日)

東京大空襲、そして東日本大震災―命を想う2日間


 10日、東京下町を一夜で焼き尽くした東京大空襲から67年目を迎えました。そしてきょう11日は、市井の暮らしを呑み込んだ東日本大震災から1年。

 多くの人たちの命のつながりから、今がある。それを心に刻む2日間にしたいと思っています。

 「生きていればな、きっと…」。

 寅さん、天からみなを優しく見守ってくださいね。

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